『数学する身体』森田真生

 身体とは対極と思われる数学。しかし「自然数」と呼ぶ概念が入り込んでいるあたりから数学を問い直すとしたらどこにたどり着くだろう。数学者の岡潔は「自然数の一とは何であるか、ということを数学者は全く知らない」と言う。そんな彼の著作に薫陶を受け、文系から数学科に入り直したという著者の言葉は、私をますます数学好きにさせてくれる。
「20世紀の数学は、行き過ぎた形式化と抽象化のために、実感と直感の世界から剥離していく傾向があった。」という解釈はほぼ建築と同じ位相で、高度に抽象化された数学でさえ生身の身体から離れては成立し得ないのだとしたら、建築なんて言うまでもないと得心する。
 ナチスドイツの暗号機エニグマの解読に成功した数学者チューリングがその後人工知能(AI)の礎を築いていく過程が詳しく紹介されている。この一連の流れはDNA解析やワクチン開発に似てなくもない。解く楽しみがあるから人は夢中になってしまうけれど、いつだって倫理や生命の問題は置き去りになってしまう。
 現代建築におけるプログラムや抽象化の潮流も、単なる知的な遊戯の興奮状態と言えば言い過ぎか。学生はその遊戯を特に好む。具体からはじめて抽象にたどり着くのならわかるが、建築という具体を抽象からはじめるとたいてい間違える。身体が先で理論は後、心が先で物は後、岡潔に言わせれば情が先で知は後。
 著者森田真生はいつも身体を通して世界を語ってくれるのがうれしい。(2022.2.22)

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