場所の自由 Ⅱ

『住宅建築』2017年4月号掲載文

建築は、米や野菜を育てたり牛を飼ったり、樹木があって、人が生き死にすることと同じ、それ以上でもそれ以下でもない場所にどうしたら立っていられるだろう。例えばこんな風にして私たちは建築を学んできた。

生きている村
1991年、象設計集団は北海道にある音更町チンネルに拠点を移した。名護市庁舎で建築学会賞をとってからわずか10年後のこと。十勝に廃校になった多くの学校があると知り、その中からチンネル小学校への移転が決まった経緯を聞いたことがある。
「象が行く場所を探していた時、チンネルだけは断られたの。だからチンネルに行くって言った。町の議員でもあったSさんが「私たちは10年かけてバレーボールを育ててきた。だから体育館だけは貸せない」って言ったの。貸さないって言ったってことは、そこの村が生きてるってことでしょ。僕は生きてるところに行きたかったの」

クレソン
象設計集団と一緒に移転した高野ランドスケーププランニングを合わせると30人以上の所員がいただろうか。夕食は交代で当番が作る。一食200〜300円程度。安くてうまいがよい。高くてうまいは当たり前。何をするにも腕が試された。
入社してはじめての食事当番。パートナーはAさん。背が高く独特の存在感に緊張した。「じゃあ食材採りに行くか」、「えっ、採りに?」ついて行くと近所の裏山。生い茂る草をかきわけて行くと清水が流れていた。「あった、あった」と川辺に生える水草を採りはじめた。「クレソンだ、採って」「クレソン?」何もかもがはじめて。根っこごと採った。怒られた。

フキノトウ
「東京からお客さんが来るから、何か春らしいもの用意しろ」男はいつもの勢いで仕事にかまわず若者に司令を出す。よし、フキノトウを採ってこよう。まだ裏山にはあるはずだ。屋外のテーブル。到着したゲストへ天ぷらにして出した。間に合った。やればできる。そんな表情を読まれたのか男は間髪入れず「天ぷらだけか?」「能がないな、もっといろいろあるだろう」ゲストの前でかまわず怒られた。またもノックアウト。

仕事
働きはじめてすぐ、わずかな給料だけではきびしくて近くの酪農家でアルバイトを始めた。朝5時に起きて牛舎の掃除と乳搾り。深夜まで働くのがあたり前だった入社当時、睡眠時間は削られた。アルバイトに寝坊した時、酪農家のおかあさんから「仕事っていうのはね、そういうもんじゃないんだよ」と怒られた。厳しいけれどあたたかかった。

地平線
手描きの図面。7H〜Bくらい。堅さで線を引き分ける。筆圧を上げる。
最初にGLラインを引く。「地平線ははるか彼方からやってきて、はるか彼方へ消えていく」男は言った。今でもGLラインを引く度、聞こえてくる。

営み
左官の久住章さん。象設計集団の仕事を多く手がけていた。「十勝ビール」というレストランの大壁。十勝の木を伐り出して並べ、十勝の土で泥団子を積み上げる。原寸のサンプル。山田が古い納屋を改修して住んでいた。その荒壁の上に試作する。日曜日、久住さんはやって来るなり、「窓が隙間だらけやないか」と大工道具を出して窓の修理をはじめた。たったそれだけのことだが、忘れられない。

礼儀
近所の農家の人たちが野菜をくれる。「ありがとう。でも、まずい」それを聞いた農家の親父さんが翌日怒鳴り込んできた。「俺らの作った野菜がまずいってどういうことだ」「あなたたちは何を考えて野菜をつくっているか?本当においしい野菜をつくろうと思ってつくっているのか」農家の親父は落ち込んで帰る。「そうか、まずいのか」後日、「まずい時はちゃんと言わなければいけない。大変だけど、それが礼儀だ」

集まった人で何ができるか
十勝社会人リーグに所属するサッカーチームを持っていた。春から秋のシーズン、夕方になると毎日のようにグランドに出て練習。日曜日はリーグ戦の試合。仕事がどんなに忙しくても外せない。試合が終わると、風呂に行ってビールを飲んで、試合の反省と今後の展望。話は深まっていく。
「誰かの夢がある。そこに人が集まり、集団ができる。でも象はそうじゃない。まず人が集まる。そして夢が生まれるんだよ。集まった人で何ができるかなんだ。」
サッカーでは初心者も女性スタッフもできるだけ試合に出た。社会人リーグでそんなチームは他にない。だからと言って楽しめばいいという問題ではない。やるからには勝利を目指した。
「サッカーの下手な奴も一緒にやるんだ。やさしいボールを出してやるんだ。いろんな奴がいる。それでも一緒にやる。建築ってのは本当にサッカーと同じなんだ。きっといい集団ができる。バカな奴でも一緒にやるんだよ、集まったんだから。そうじゃなかったら君たちには一本もパスが出ないだろ」
想定内のことが起こっても誰も感動はしない。斬新な回答に向かおう。まったく建築の話ではないのに、いつも建築の話として聞いた。考えた。新しい建築とは何かというよりは、建築とは何かがいつも問われている。

文・羽渕雅己