『夜と霧』V・E・フランクル

「わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。」
 本を開いて間もなくて、このあまりに正直な言葉に打たれた。
 アウシュビッツの経験から生きて帰った人間にとって、その後の人生において背負いこんでしまった解かれない思い。救われることのない心の棘。精神医学者としての著者の分析が及ぶより前の、とっても大切な言葉。
 もしかして自分に置き換えてみても小さい頃から感じていること。自分はいざという時に自分に都合よく振る舞ってしまう悪い人間だと、思いやりなんかない冷たい人間だと、どこかで自分を責めている。そういう状況が自分に訪れることをいつも怖がっていた。そんな自分を嫌に思うことがあるけれど、幸い状況はいつも理性が本性を抑えきれる程度のできごと。それだけのこと。
 いい人は帰ってこなかった。すべての判断が生命と引き換えになされる究極の状況でさえ、やっぱりそうかと明かされる。だけどそれで片付けちゃいけないと、この身もふたもない事実を引き受けてなお、きれいごとなんかじゃなくて、自分を責めて格好をつけるだけでもなくて、もう一度自分自身と向き合って問い直していくべきだと本著は言っているように思う。愛だの優しさなどはその次の話だろう。(2017.12.29)

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